ライオン像

“ライオン宰相”として人気を博した浜口雄幸内閣の成立を祝って、地元高知の浜口後援会が“ライオン像”を作成。立憲民政党本部(現在の東京桜田ビル敷地)正面玄関入り口に据えられ、あたかも守護神的存在となった。
浜口首相は立憲民政党第二代総裁。同内閣の発足は昭和4(1929)年7月2日で、桂冠は同6(1931)年4月24日。在職日数は652日であった。
浜口首相は昭和5(1930)年11月14日、岡山における陸軍大演習陪観のため東京駅を出発する直前、右翼団体・愛国社の佐郷屋留雄によってピストル射撃を受け、重傷を負った。病状は回復せず、昭和6年8月26日死去した。享年61歳。
「ライオン像」はセメント造り、重さ200㎏。20世紀の太平洋戦争末期、B29による東京大空襲(昭和20《1945》年3月10日)の際被災、尾の後半部分が破砕したが生き残り、その後の化粧直しで完全に蘇った。「ライオン像」の台座には次の刻印がある。

完製 昭和5年12月
寄贈 関 清一
制作 亀岡 定一
助手 井上 丈吉
焼成 沖谷 仙司